
「私と戦争」 作新学院中等部 奈良部 心優
私には夢があります。それは、曾祖父の様に誠実で、祖父の様に賢明な人物になることです。
皆さんは、何故戦争をしてはいけないのか、という問いに答えることが出来ますか。
私の曾祖父は戦争によって片目を失いました。軍用列車に乗っていた際、爆撃を受け、黒目と白目が混ざってしまった。父から常に優しくてユーモア溢れる人だったけれど、目だけが白くて怖かったなという話を聞いたとき、私はとても衝撃を受けました。初めて戦争を自分ごととして、身近に感じた瞬間でした。日本の敗戦、終戦から八十年。私は、自分の曽祖父にさえ、貴重な記憶を聞くことが出来なかった。でも、だからこそ、私はもっと沢山の事実を知りたい、知らなければならないと強く思いました。
そして、曾祖父は戦地への招集令状、いわゆる赤紙を配る仕事をしていたそうです。病気になった際、赤紙を配ってなんかいたから、こんな事になったんかね」と漏らしたこともあったそうです。戦争で死ねなかったということがその人に重くのしかかる。そして、生き残った方々の戦争はその方が亡くなるまで一生、終わることはないのです。
戦争において、もっとも恐ろしいのは、そんな苦悩や葛藤を当たり前に抱えるヒトが戦地ではモノに変わってしまう事です。アメリカ軍では大戦中、丸型の的から人型の的へと訓練の標的が一新されました。人型の的を訓練で使用することにより、実際の戦場で銃弾を撃ち込むのはヒトではなく的、そしてモノなのだと教え込もうとしたのです。
人が人でなくなってしまうから。それが私の考える、戦争をしてはいけない理由です。
そして世界には戦争によって今現在も苦しんでいる方々が沢山います。自国の悲劇を学んだら、次は世界へ目を向ける。
私は英語をはじめ、ロシア語やウクライナ語を少しずつ学び始めました。例えば、
「こんにちは、私の名前は奈良部です。よろしくお願いします。」
は、この三ケ国語を使うと、
Здравствуйте.
Мене звати Нараб. Thank You.
スマホ一つで簡単に言語の壁を越えられるこの時代。しかし、戦争の悲惨さ、平和の尊さを人に訴えかけることが出来るのは、やはり人の言葉だけではないでしょうか。
私の祖父は医者でした。ある日、テレビで戦争の特集を見ていた私に、祖父がこう言ったことがあります。
「戦争はいけない。どれだけ前向きになろうとも可哀相な最期にされてしまう。戦争という大きな運命で括られる。始めた時点で、もう負けているんだよ。」
と。その言葉を発した祖父の真意を、直接本人に聞くことはもう出来ません。しかし、戦争について調べていく中で私自身が見出した考えがあります。
「運命」という言葉は漢字で命を運ぶと書く。そして運命とは、国籍や人種、性別によって決まるべきものではない。戦争という運命で、その人の人生が悲惨なものに変わっていい訳がない。運命だからと諦めるのではなく、自分の命を自分で運び、自分自身の道を切り拓く。そしてその先にある誰かの命を救う為、運命はいつも自分の心が決める!
私は今、中学生です。本当の戦争を知らない。そして、世界を動かすような力を持っている訳でもない。しかし、私は私に命を紡ぎ運んでくれた曾祖父と祖父に誇れるような人生を送りたいです。だから今、ここに宣言します。
私には夢があります。それは将来、戦争、紛争で苦しむ沢山の人達の命を明日へと運んでいくことです。世界中の人が人として一生を終えられるように、知ること・伝えること・行動することが、いずれ大きな力になると私は信じています。